レッスルエンジェルスシリーズの妄想を放り投げるプログでした。今はゲーム話とTRPGがメイン?
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何かしゅーきょーぽい雑談
戦国時代と宗教みたいな話を読んでいたのですが、当時の仏教あるいは神道の宗派に関する考えは、その宗教を信仰する目的は同じなのだから、宗派の差は学び方の差に過ぎない、という考えが主流だったようで。で、その目的を同じとしているものをひっくるめて、日本宗だとか称していたそうな。それら山本七平の日本教の考えっぽいのは、昔から言われていたのかもしれんと。だからまぁ、故山本氏の言説が、今尚、影響力がある(と思う)のでしょうが。

何が言いたいのか上手くまとめられませんねぇ。うーん、愚かなことはは辛いことです。お恥ずかしい。日本は多神教だといわれますが、その多くの神さまを信仰する理由というか、目的というか、あるいは守らなければいけないルールというかは、作法が違うだけで大体、同じなのである意味、一神教的なのだそうな。

日本人は寛容なのではなく、異なることを同じようにしか理解しないから、一見すると寛容に見えるけどその実排他的、という面もあるかもしれませんないかもしれません。自分の考えは常識的だ、その常識に従わないのは間違っている、と信じすぎてしまう人は、たまに見受けますが、似ているかどうか。

大分、酒が入っておかしくなってますねぇ。同じところに至らない考えはどうするのか、というのが一番の問題になりますか。戦国のキリスト教は、当時は宗教改革の対立が凄まじかったせいか、カトリックは酷く排他的で仏教神道を否定し、自分たちとそれら在来宗教が同じ目的を持っているなんてとんでもない(実際、神社仏閣を破壊したりするのを当時の宣教師は奨励していた、なんていう話もあるようで)、というのが行き着くところまで行き着いて暴力沙汰にすら及んだから、結局、秀吉とか徳川幕府の統治者達はキリスト教を禁止した、という面もあるようで。

つまり、多分に当時のキリスト教の排他性と攻撃性が原因だが、日本宗に染まらなかったものは排除するしか戦国時代では出来なかったわけで。アメリカなんかでは文化の住み分けという形で行われ、或いはチャイナなんかは強引にチャイナ化してるわけですが、多文化主義というが本格的になるのかどうかは知らんが(私のガキの時代も国際化が声高に叫ばれてましたねー、当時に比べて結構変わったが、反面変わってもいないような)、どう転がりますかねー。
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